伊坂幸太郎 『重力ピエロ』

重力ピエロ (新潮文庫)

重力ピエロ (新潮文庫)

あらすじ

 連続放火事件の現場に残された謎のグラフィティアート。無意味な言葉の羅列に見える落書きは、一体何を意味するのか?キーワードは、放火と落書きと遺伝子のルール。とある兄弟の物語。 (Amazonの書籍紹介から引用)

感想

 この作品に関しては、読み方を間違えたなと少し後悔している。伊坂幸太郎が「ミステリ描き」だと聞いていたこと、そして「この作品の評価が高かったこと」から、つい終盤のどんでん返しが凄いんだろうなと思っていたのだ。一読してもらえばわかるが、その「読み方」はこの作品には不向きだ。というのも、この作品はトリッキーというよりは落ち着いた、それでいて重々しくないクライムノベルとでもいうべきものだからだ*1
 端的に言えば、この作品の魅力はその「ミステリ的な部分」ではないのだと思う。だから、そこにばかり注視して読んでしまうのは……とてももったいない読み方なのだ。


 じゃあ、どこがこの作品の魅力なのか、と聞かれたら僕は一言で答えるだろう。「登場人物」だと。


 春と泉の兄弟はもちろんのこと、探偵、謎の女性……と出てくる人物はみな確かな存在感と魅力を携えてそこにある。過去のエピソードの積み重ねで登場人物は肉付けされていくのだが、その個々のエピソードがなんとも痛快なのだ。もちろん、中には明るくないエピソードもあるのだが、その暗さを吹き飛ばしてしまうほどのパワー、勢いを春と主人公は持っている。
 特筆すべきは二人の父親で、この人がまた驚くほど魅力的なのだ。この物語における真の「最強」はまさに彼といっていいだろう。


 軽妙な語り口で描かれるエピソードを堪能しながら、魅力的な登場人物と戯れる。そして、時にハッと立ち止まって描かれていること、そのテーマに思いを巡らす、そんな読み方をするのをお薦めしたい作品だ。

*1:と、普通にいってるけど、「クライムノベル」の定義をよく知らないので、こういう使い方で良いのかは分からない。ただ、ミステリとはちょっと違うような気もするし、連続放火という「犯罪」を中心に物語が動いているので「クライムノベル=犯罪小説」という言葉を使わせてもらった