麻耶雄嵩 『螢』

蛍 (GENTOSHA NOVELS―幻冬舎推理叢書)

蛍 (GENTOSHA NOVELS―幻冬舎推理叢書)


 「螢が止まらない」
 若き天才音楽家、加賀螢司は自ら建てたファイアフライ館で凄惨なる連続殺人劇を繰り広げた後、病院で衰弱死するまでそう呟き続けた。それから10年後、F大学のオカルトサークル、アキリーズのメンバーはサークルのOBが買い取り、事件当時のように復元したファイアフライ館で夏期の合宿を行うことになる。肝試しなどに興じる部員達だったが、明くる朝発見された仲間の死体を前に、事態は急変する。台風により下界との交通手段が断たれる中、推理を始める部員達。館の中を徘徊する謎の女性の姿。犯人はその女なのか、それともサークル内の人間なのか。雨音のBGMに包まれた館の中、部員達がたどり着いた驚愕の真実とは――


 作品はどちらかというと地味に見える、少なくとも驚天動地の大トリックとかそんな感じのものではない。事件や推理は淡々と進んで行くし、その事件自体に大きな不思議があるわけでもない。いくつかの小さな謎があって、それらを組み合わせて解いていくという、どちらかといえばロジック重視の「普通の」ミステリのように思える。


 しかし、そこは麻耶雄嵩だ。それで済むはずもない。彼はこの作品に極めて特異な仕掛けを施している。詳しく書くとネタバレになってしまうので避けるが、相手(読者)の剣先を見切った上で技を仕掛ける剣豪のような手さばきで、「まさか」というようなところから不意打ちを食らって非常に驚いた。
 そして、素晴らしいことにこの仕掛けがロジックの部分に密接に結びついているのである。思えば麻耶雄嵩もデビューから十数年が経ち、そろそろ中堅からベテランと呼ばれるような域に入ってきている。そういった意味では「仕掛け」と「論理」、そして「伏線」の見事な絡み具合は熟練工の職人芸と言っても良いようなレベルになってきたように思われる。特に第9章の最後の一文はお見事としか言いようがない。読み終えてからそこに戻った時には思わず膝を打ってしまった。



 ミステリ部分以外にもレビュー冒頭で挙げた「螢が止まらない」の意味、あるいはファイアフライ館自体に残された天才音楽家ならではの意匠などに思わず心が震えた。ラストシーンは他の館ものの同系統のラストと比べるともう一つという気もするが、それでも十分にインパクトを与えてくれた。そして、何より千鶴萌え。眼鏡だし、ボクだし萌え。もうなんか色々萌え。


 というわけで(笑)、麻耶雄嵩『螢』はお勧めのミステリです。特に「ミステリ慣れ」した人にこそ読んで欲しい作品です。読み終えた後はおそらく再読する必要に迫られるので、出来れば本屋で購入して読まれることをお勧めします。僕も図書館に返しに行った後、ノベルス版を買う予定です。いや、ほんとですって(笑)