さだまさし 『解夏』

解夏 (幻冬舎文庫)

解夏 (幻冬舎文庫)

表題作『解夏』を含む四編の作品からなる短編集。

 こう言っては怒られてしまうかもしれないが、実はこの本、正直、あまり期待せずに読み始めた。さだまさしといったらやっぱり歌手であって、そのネームバリューあって出た本であるなら、内容にさほど見るべき点はないだろうな、とそう思っていた。


 すんません、さださん。なめてました。


 と、いうわけで、面白かったのである。小説としての筋はまったく素直なもので、スタート地点が見えたら自然にゴールが見えるような、そんな作品群だ。問題はそのゴールに着くまでにどれだけの風景を楽しめるかなのだが、さださんの筆致はなだらかな川の流れのように穏やかで心地よく、物語を満喫させてもらった。
 「川下り」といって分かってもらえるかは分からないが、そんな感じでゆったりとした流れに沿って*1、物語の中をたゆたい、辺りの風景に心を寄せる、そういった読み方を自然とさせる小説だったと思う。


 白眉はやはり表題作だろう。失われていく「視覚」をテーマにしたものだけあって、長崎の街の細かな描写が光る。長崎を観光する際はこの本を片手に主人公が見た景色を探しに行くのも悪くないだろう。

*1:この場合の「流れ」はもちろん、作中で流れる「時」の流れだ