貫井徳郎 『さよならの代わりに』

さよならの代わりに (GENTOSHA NOVELS)

さよならの代わりに (GENTOSHA NOVELS)

あらすじ


 劇団『兎の眼』に所属する若手劇団員の和希は、ある日、稽古場の近くで一人の少女と出会う。彼女にちょっと手を貸した和希はそれがきっかけで、劇団のファンだという彼女と親交を深めることになる。やがて、彼は公演の落日、主演女優の控え室を見張るよう少女に頼まれる。理由が分からないながらに承諾した彼だったが、落日の公演終了後、控え室で主演女優の死体が発見されて……。
 「未来から来た」という少女と心優しい青年、和希の出逢いと別れを描くボーイ・ミーツ・ガール・ミステリ。

感想


 貫井徳郎というとデビュー作の『慟哭』がそうであったように、本格ミステリの書き手としては珍しいくらいに重厚な文章を書く作家として知られている。それでいて読みにくいなどということはなく、むしろ読みやすいくらいだからなかなかの文章力を持った作家だと思っているのだけど、この作品はそんな貫井徳郎が一風変わった作風に挑戦している。
 彼が挑戦したのは青春ミステリで、彼が普段書く文章に慣れているせいか、前半の内は「青春小説っぽい文章にしよう」といった感じが前面に出ているような感じがして、辟易とまではいかないが、ちょっと参った。それでも、それは前半だけで後半になってくると、それが全く不自然でなくなってくるのは流石、貫井さんだと思いました。ちょっと青すぎる気もする和希の造形も、こういった物語だと主人公役に最適だなと思えてきます。
 ミステリ分はかなり薄めで、真相には拍子抜けしてしまったのだけど、それを補ってあまりあるくらい秀逸なのはクライマックスの盛り上げ方。やけに複雑な時間跳躍の仕方はこのためにあったのか、と。
 特にノベルス版291ページにある少女の「あたし、和希クンがどういう人なのか、よく分かった気がする。ありがとう」という台詞を読んだ後、冒頭の辺りを読み返してしまうと、もう切なさでどうしようもなくなってしまいます。しかし、切なさいっぱいでありながらもラストは暗いばかりではない。暗くなって良いはずなのに、へこたれない主人公の姿に「どうか」と祈られずにはいられない。この作品は紛う事なき泣けミスの傑作であると言っていいでしょう。


 もったいないなと思ったのはノベルス版の装丁。正直、ハードカバー版の表紙の方が読み終えてから見直したときにぐっと来るものがあったので、あえて変える必要はなかったのではないかと思う。せめて、もう少し内容に関連性のあるような表紙にしてくれれば余韻がもっと続いたのにな、と。これは純粋にもったいないなと思いました。
 

 が、作品自体は傑作なのです。「青春小説が読みたいんだ、切なくも爽やかなものを!」と思った人は是非是非、手に取ってみてください。「切ないダウナー系青春小説が良い」という人は明日レビューする予定の米澤穂信ボトルネック』をお勧めします。切ないというより痛々しい感じですが(苦笑)