椎名龍一・後藤元気・乾ないな 『まじかる将棋入門』
一部将棋ファンの間で話題沸騰!! 「萌えと将棋」の最凶強コラボからまれた前代未聞にして空前絶後*1の入門書、それがこの「まじかる将棋入門」である。どのようなコラボレートかは書影を見てもらうのが一番簡単だろう。
- 作者: 椎名龍一,後藤元気,乾ないな
- 出版社/メーカー: イカロス出版
- 発売日: 2006/11/01
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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で、だ。この本が出たとき、どうするべきか僕は非常に悩んだ。正直、どう考えても地雷としか思えなかった。しかし、数百年の歴史を持つ将棋と、ここ数年爆発的な勢いを見せる萌え、その二つが生んだ初めての*2キメラ、その誕生をこの時代に生きる将棋ファンとして見届ける責任があるのではないかという思いもまたあった。そして、僕はひとまず周りの様子を窺うことにした。
2chの棋書評価スレではタイトルこそ挙がるもののレビューは一つもないまま、いつの間にか話題は別の棋書に移っていった。同様に専用スレもあったものの、レビューは数えるほどで「恥ずかしくて買えるかよ」という声が大勢を占めていた。同様に棋書のレビューでは超がつくほど有名な棋書ミシュランさん*3も、将棋関係のブログとして非常に有名な「勝手に将棋トピックス」を書かれているもずさんもタイトルこそ挙げられたものの、購入は躊躇っておられるようだった。
ここに至って僕は決断した。これは僕が読むしかない、それこそが僕の使命だと*4。
というわけで、レビューしてみようと思う。
まずは内容の大まかな流れだが、第一章から第二章で将棋というゲームの目的や駒の動かし方、成るや取るなどのルール、禁じ手などを説明。第三章は実践編で定跡や手筋を知らない主人公が敵と対局。いかにも初心者らしい指し回しで完敗する。
第四章では先の対局をふまえた上でどういう手を狙うべきか、優先順序を挙げて説明している(ex.「詰み>>>大駒取り>金・銀取り>桂香取り>駒得する交換」といった感じ)。
第五章は定跡を教えながらその局面における考え方を説明している(ex.「囲いをつくる」、「玉を寄せる攻め方」、「守りの駒をはがす」など)。取り上げられているのは、四間飛車の山田定跡で後手が角交換後△8六歩から飛車先突破をする形だ。定跡書だと「角打って8八に飛車を回って先手有利」で終わるところを、一局を通しての考え方を説明する意味から終局まで指し進めている。
第六章は五手までの詰め将棋とリベンジとしての実践編。リベンジ編では横歩取り△4五角戦法が取り上げられている。▲3六香に△6六銀と打つ変化で、激しい戦いが繰り広げられる。必至をかけられた後の大逆転劇はなかなかのもので本書のクライマックスといえる。第七章は用語説明と将棋Q&A(「格好良い手つきで指すにはどうすればいいですか」という質問に対する連続写真での解答はネット対局派の僕には非常に有難かった(笑))
一章、二章の将棋のルール説明の部分に関しては安心して読むことが出来る。初心者が持つような疑問を登場人物が質疑応答といった形で説明しており、分かりよかったのではないかと思う。一部、「成り」について説明するページで、桂馬が成らない方が良いケースとして、(未説明の「駒を取る」ことを前提とした)「不成の桂馬による両取り」を挙げていたのは気になったが、次のページで「取る」ことを説明しているので許容範囲だと思う。
三章の実践編については特に述べることはない。上手く潰れているなといった感じだ(笑)。
四章で手を探す上での指針を挙げているのはなかなか良いと思うけど、問題はその内容。前述のように「○を取る>△をとる」などと駒ごとに分けずに駒の点数わけを表などで明記して*5「駒得する」などとした方が良かったような気がする。また、挙げられてるような手は実戦の中でそうあるものではなく、実際に初心者が指す上でどれだけ指針となりうるか疑問に思える部分もあった。
五章の定跡は変化なども図を多用して説明してあり、結構充実したものだと思う。また、終局までを会話体で非常に丁寧に解説してある。局面、局面での考え方も示されているので、「寄せがイメージできない」、「勝ち方が分からない」といった向きにはとても参考になるものだと思う。羽生三冠の名著、『上達するヒント』の初心者向け丁寧版とイメージすると分かりやすいかも。
六章の詰め将棋は普通。実践編は上にも書いたがなかなか熱い。特に、必至をかけられてから逆転するシーンでは各駒が存分に活躍していて、この部分に関しては駒を擬人化したことは効果的だと思う。香ちゃん可愛いよ香ちゃん。ただ、半ば追い詰めとはいえ十七手詰はちょっとやりすぎじゃなかったかとも思う。せっかくなら読者も一緒に考えれるような局面にすれば良かったのに、十七手詰じゃ24中級者の私でも見切り発車ですよ(苦笑)。
全体を通して気になったところを挙げる。
(1)玉の囲いがほとんど説明されていなかったこと
定跡編の中で「美濃囲い」と「舟囲い」が出てきたくらいで、(リベンジ編が居玉のままの乱戦になったこともあり)相居飛車の囲いについては矢倉を含め全く触れられていない。これは大きな問題点だと思う。
(2)駒を擬人化したのに各駒の手筋についてはほとんど触れられてない
おかげで銀の影の薄いこと薄いこと。せっかく擬人化したのであれば各駒の手筋や得意とする場面についても挙げれば良いんじゃないかと思った。
(3)挙げられた定跡が基本的に受け身
横歩取りにしろ四間飛車にしろ、作戦の選択権は相手側にあるので、初心者向けに解説する定跡としてはあまり適当とはいえないような気がする。特に山田定跡や△4五角戦法なんかは初心者同士の実戦じゃまず現れないだろう。そういった意味では類書で説明されている棒銀についてもレクチャーを加えた方が良かったんじゃないかと思う。
上の問題点解決のためには本書を読んだ後、羽生三冠の『羽生の法則Vol1〜Vol5』(駒の手筋+玉の囲い方を解説)と先崎八段の『ホントに勝てる四間飛車』(定跡書)あるいは藤井九段の『四間飛車を指しこなす本(1)』(定跡書)を読めば良いんじゃないかと思う。先に挙げた『上達するヒント』を併用すると更に良いかも。
このように書くと、「これだけ色々読まなきゃいけないのなら、「まじかる〜」自体はあまり役に立たないんじゃないか」と思われる向きもあるかもしれないが*6、そもそも入門書は駒の動かし方すら知らない人を対象にしているわけで、そういう人が将棋を指せるようになれば役割は果たしたと言っても良いのだ。これ一冊で普通に勝てるようになるのなら、数十冊も棋書を持ってるのに大して強くない僕が浮かばれない(笑)。
将棋部分は以上で終了だが、この本の最大の問題点は「萌え」の部分だ。
一枚一枚のイラストはめちゃくちゃ駄目ではないが*7、漫画になると途端にクオリティが落ちる*8というのも問題の一つだが、髪型のちょっとした違いや色でキャラを分けているので、白黒ページの小さいイラストになると誰が誰やら分からないという近年の萌えアニメ、萌えゲー*9を皮肉ってるんじゃないかと思える仕様になっている。
また、「歩→歩(あゆみ)」、「香→香(かおり)」、「桂→桂蘭」はアレとして、「銀→エリノア」、「金→アニエス」、「角→ソフィア」、「飛→レベッカ」って何よ。専用スレの住人ではないが「諦めんなw」と言いたくなる(苦笑)。しかも、後々、実際の局面で「ここでレヴィだ!」とか言われたりすると、とっさにどの駒か分からず混乱してしまったりする。
ここはやはり「飛車→ヒルシャー(@ガンスリ)」、「角→カーク(@ググったら出てきた熊本学園大の先生)」、「金→キーン(@サッカー・アイルランド代表)」、「銀→ギーン(@ググったら出てきたモンゴルの元(?)大統領夫人」あたりの分かりやすい名前にした方がよいと思うが、しかし、今挙げた名前だとちょっと男臭くてあまり萌えといった感じがしないのが難点といえば難点か。
また、何故かしらほとんどのキャラがメイド服着用というのも、いかにも安直に萌えに飛びつきましたよ的な空気が漂ってきて、ちょっと哀しい。
もし、次、同じような企画が立ち上がったとしたら、是非是非、Allegro Misticさんの描かれた将棋をモチーフにしたイラストくらいのクオリティでお願いしたいところだ。あるいは、PS2版が好調なうたわれキャラに登場していただくのも良いかもしれない。ハクオロさんは王として、大駒二人は騎兵隊のベナ・クロ、香車は弓のドリグラ、桂はぴょんぴょん跳ねてるからオボロ、銀はスピードがある感じのトウカで、金はやや重厚な玉の守り手といったところだからカルラで。歩を一般兵卒にすれば、一応駒は揃うけど、出番がないキャラが出来ちゃうのが難点だなぁ……
閑話休題。と、まぁ、もの凄く長くなってしまった上、最後は脱線してしまいましたが以上がレビューです。日本で一番、「萌え将棋」について書いたのは関係者を除いたら僕のような気がしてきました(笑)。二時間くらいかかったもんなぁ……