本多孝好 『FINEDAYS』

Fine days―恋愛小説

Fine days―恋愛小説


 再読。元々、本多孝好は好きな作家の一人なのだが、この作品集は*1本多孝好の最高傑作とも言うべきもので、ようは個人的に「もの凄く」気に入っているわけである。もとより書評とは主観的なものだが、しかし、今回はこれまでにも増して著しく主観的なので、その辺りのことをふまえて読まれたし。

『FINEDAYS』


高校生の「僕」が放課後、反省文を書かされていたときに入ってきた「反省文仲間」の一人の少女。非日常的とも言える美しさを持った彼女は、「僕」の一つ年下の転校生だった。「僕」の友人である神部が彼女に絵のモデルを頼んだことから「僕」と「少女」と神部、そして僕の友人で男勝りの拳闘家である安井の奇妙な関係が始まる。
 しかし、そんなある日、生活指導担当の教師が下半身を露出した状態で転落死した……
 

この作品は一人一人の人物の造形が素晴らしい。淡々とした作者の筆致は言うなれば水彩画のようなもので、淡い色合いを重ねていくことによって、美しく人物を、風景を描き出す。冷静に考えれば「いそうにない」人物ばかりなのに、彼らが過ごす日常、風景にどこか「懐かしさ」を感じてしまうのはその描き方故だろうか。
 
 あえて引かないが、作中、自らが卒業した高校の脇を通りかかった「僕」の心に浮かんだことが自分にも当てはまるように感じた。そして、それは僕以外の多くの人に当てはまるのではないだろうか。
 僕らは皆、そのちっぽけな穴を心のどこかに残したまま、日々を過ごしていかねばならないのだ。

『イエスタデイズ』


父親と喧嘩し、家を飛び出した「僕」は余命わずかとなった父親を見舞うため病院を訪れる。そこで彼は父親から一冊のスケッチブック渡される。そこに描かれた一人の女性。その消息を調べて欲しいというのだ。渋々引き受けた「僕」だったが……


 この短編集の中で最も綺麗な作品。物語の構造自体は比較的早く読者に知らされる。そのため読者は目の前の幸せが潰えることを知りながら、読み進めねばならない。幸福な若い男女の姿はその幸福さ故に、切なく「僕」の目に――読者の目に映る。やがて少しずつ破綻していく幸せな風景。その決定的なターニングポイントを前にしても、「僕」は何もすることが出来ない。

 残された女性を――美しく清純ではあるが、生きていく能力にはあまりにも乏しい女性を前にして、「それでも――」と「僕」は思う。「それでも僕は君が好きだよ」と。


 人は誰しも変わっていくもので、十年前の僕と今の僕が違うように、今の僕と十年後の僕も大きく違っているだろう。十年後の僕から見たら今の僕はあまりに無知で幼く、情けなく映るかもしれない。それでも、そのときの僕には無いものを今の僕は持っているのだと思う。それは、十年前の僕が今の僕にはもう無い、もう届かないものを持っているように。
 そんなことを考えさせてくれるノスタルジックな短編です。

『眠りのための暖かな場所』


幼い頃、妹を「殺した」、「私」はどこか人にとけ込めないまま法学部・大学院生としての日々を過ごしていた。そんな彼女はゼミの飲み会でどこか自分に似たものを感じる男性、結城と話をすることになる。どうやら結城には姉がいるらしいのだが……


 ホラー的な要素もありながらあくまで「恋愛小説」ということになるであろう。何を書いてもネタバレになりそうなので、感想が非常に書きにくい(苦笑)。割と賛否が分かれているような気もする「私」のキャラだけど、個人的には気に入っている。本多小説は一人称で語られることが多いが、その語り手の造形は非常に上手いというか、好感が持てるなと思う。
 続きが気になる終わり方なのだが、個人的には幸せになってくれれば、と思う。

『シェード』


恋人へのクリスマスプレゼントを買おうと、目をつけていたランプシェードを買いにアンティークショップに行った「僕」は、しかし、店主である老婆から、すでにそれが売れてしまったことを聞かされる。落胆する彼に老婆が語り出したのは、そのランプシェードにまつわるある青年の物語だった……


 読了後、最初に思い浮かんだのは「本多孝好版『賢者の贈り物』」という言葉だった。同じことを思いついた方もいるらしく、ネットで感想を見て回ったところ、同じように書いていて驚いた覚えがある。


 さて、そんな作品なのだが、やはりこの作品から取り上げるのは老婆の話に出てくる「光と闇」の関係だろう。「光があるところには必ず闇がある。そして、光が強ければ強いほど、闇もまたその深さを増す」という一面の真理を表す老婆の言葉は「光」を「幸福」に「闇」を「不幸」に置き換えることが出来るのではないか。
 『イエスタデイズ』で「僕」が見た哀しみは、それが幸福な日々から生み出されたものだったからこそ、切なさを増したのだと思う。別れが悲しいのは、何より一緒に過ごした時が素晴らしかったが故なのだ。


 では、どうしたらいいのか。どんなに幸福を与えても不幸が消えないのであればどうするべきなのか。老婆の答えは自らの目で確かめて欲しいと思う。


 このように本書は粒ぞろいの四作が入った非常に贅沢な傑作短編集である。是非、読んで頂きたいと思う。

*1:僕が読んだ中では